「戦国武将列伝Ω」より引用
1578年に亡くなった上杉謙信の遺骸は甲冑を着せられ、漆(うるし)で満たされた大甕に入れられ約300年間、米沢城内に安置されていました。明治維新後、神仏分離令、廃城令などにより、謙信の遺骸は城内から米沢城の北西に約1kmの上杉家廟所に移されました。城跡は明治4年、上杉神社になりました。上杉家は幕末まで12代続きましたが、有名なのは第9代藩主、上杉鷹山(上杉 治憲)です。領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。「為せば成る、為さねばならぬ何事も、為さぬは人の為さぬなりけり」の言葉は有名です。