





由緒:日蓮宗寺院の本迹寺は、顕妙山と号します。寛永3年(1626)了本院日清大穂(俗名山中治郎、開基の次男)が開山、山中喜平治が開基となり、市ヶ谷に創建しました。青山六道辻への移転を経て、寛文4年(1664)現在地に移転しました。(「猫の足あと」より引用
住所:東京都新宿区南元町10-6
御朱印拝受時間:13:17
御朱印料:志500 円 書置






由緒:日蓮宗寺院の本迹寺は、顕妙山と号します。寛永3年(1626)了本院日清大穂(俗名山中治郎、開基の次男)が開山、山中喜平治が開基となり、市ヶ谷に創建しました。青山六道辻への移転を経て、寛文4年(1664)現在地に移転しました。(「猫の足あと」より引用
住所:東京都新宿区南元町10-6
御朱印拝受時間:13:17
御朱印料:志500 円 書置






住所:東京都江東区越中島2丁目1-6
アクセス:東京海洋大学越中島キャンパス正門入って右奥








由緒:当神社は、大和国吉野郡金峰神社の分祭社でありまして、創起年暦等は不明ですが、室町時代初期(1400)に創設されたと言われております。 祭神は次の四神をお祀りしてあります。日本武尊 秋葉の神 大国主神 菅原の神 元亀年間(1570-72年)甲府武田家の陪臣、石田勘解由茂昌なる武将が所持していた尊像を神社に合祀しました。その後茂昌の子孫で石田茂兵衛が当社に居住し、茂兵衛の婿、太郎兵衛が尊像を護持していたと言います。そして、太郎兵衛は、延宝九年三月六日不動尊石像・庚申石像、延宝九年三月二十三日勢至菩薩石像を建立しました。当所、渋谷新町の町名が元禄十三年六月に宮益町と改称されたのも鎮守御嶽神社より起きたと言われています。(頒布のリーフレットより)
住所:東京都渋谷区渋谷1-12-6
御朱印拝受時間:14:51 参拝は2022/1/10
初穂料:300円 書置き








由緒:天台宗寺院の華徳院は、称光山長延寺と号し、下野国佐野に創建されました。天正年間に武蔵国霞ヶ関に移転、慶長年間に浅草蔵前に再転し、寛永寺末となりました。江戸時代には、新宿太宗寺、巣鴨善養寺とともに江戸三閻魔として有名でした。寛永3年大寺格となり、翌年に院号を華徳院と改めています。大正時代の区画整理と、関東大震災により、昭和4年当地へ移転しました。現在の本尊は、千手院行元寺より移座したものです。(「猫の足あと」より引用)
住所:東京都杉並区松ノ木3-32-11
御朱印拝受時間:14:51 (2022/5/1参拝) 閻魔像は2022/7/16撮影
御朱印料:300円 書置









由緒:浄土宗寺院の妙定院は、徳川家重の導師を勤めた増上寺四十六世妙誉定月大僧正が、家重菩提のため宝暦13年(1763)に創建したといいます。(「猫の足あと」より引用)
住所:東京都港区芝公園4-9-8
御朱印拝受時間:12:03
御朱印料:500円 書置






由緒:浄土宗寺院の長傳寺は、一松山と号します。長傳寺は、行蓮社心譽林哲和尚(貞享4年1687年寂)が開山となり、寛永5年(1628)創建したといいます。(「猫の足あと」より引用)
住所:東京都港区元麻布1-2-2
御朱印拝受時間:11:09
御朱印料:志500円 書置










由緒:曹洞宗寺院の長谷寺は、普陀山と号します。長谷寺は、山口重政が母(織田信秀臣岡部彦九郎正房女、法名長谷寺殿南室妙薫)のため、門庵宗關和尚を開山に迎え、龍雲院と号して赤坂溜池に天正12年(1584)創建、その後当地へ移転したといいます。駒込吉祥寺、三田功運寺(現萬昌院功運寺)と共に曹洞宗の檀林所だったといい、現在は大本山永平寺の東京別院となっています。当寺の観世音菩薩像は、養老年間に法道上人が楠材で造った三体の一つ(他は大和國初瀬・鎌倉長谷寺)だといいます。江戸三十三観音霊場22番、東京三十三観音霊場6番、(現在活動していませんが)西方三十三所観音33番です。(「猫の足あと」より引用)
住所:東京都港区西麻布2-21-34
御朱印拝受時間:10:15
御朱印料:300円 書置