dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。一の宮、百寺巡礼、続百名城も完訪。発祥の地、見学施設(博物館、記念館など)、寺社仏閣の御朱印もやっています。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

神社-208-櫻田神社 2021/1/11

f:id:dr100:20210201083128j:plain

f:id:dr100:20210201083223j:plain

f:id:dr100:20210201083228j:plain

f:id:dr100:20210201083230j:plain

f:id:dr100:20210201083234j:plain

f:id:dr100:20210201083237j:plain

f:id:dr100:20210201083242j:plain

f:id:dr100:20210201083245j:plain

由緒:治承四年(1180)源頼朝の令により霞山桜田明神として霞ヶ関桜田門外に鎮座。寛永元年(1624)には現在の場所に遷られた。文治五年(1189)頼朝公が30貫の田畑を寄進、一般農家の田と区別するため、御神田の畔に桜を植えたのが「桜田」の由来という。(「東京都神社庁」より引用)

住所:東京都港区西麻布3丁目2-17   

御朱印拝受時間:9:24

御朱印料:300 書置き

神社-207-麻布氷川神社 2021/1/11

f:id:dr100:20210201081942j:plain

f:id:dr100:20210201081945j:plain

f:id:dr100:20210201081950j:plain

f:id:dr100:20210201081954j:plain

f:id:dr100:20210201081958j:plain

f:id:dr100:20210201082003j:plain

f:id:dr100:20210201082005j:plain

由緒:氷川神社(ひかわじんじゃ)は東京都港区元麻布にある神社である。同区内赤坂にある赤坂氷川神社・白金にある白金氷川神社と区別するため麻布氷川神社とも称される。麻布地区の鎮守。(「ウイキペディア」より引用)

住所:東京都港区元麻布1-4-23  

御朱印拝受時間:9:01

御朱印料:500 書置き

寺-41-栄久山大法寺 2021/1/11

f:id:dr100:20210201081831j:plain

f:id:dr100:20210201081835j:plain

f:id:dr100:20210201081841j:plain

f:id:dr100:20210201081845j:plain

f:id:dr100:20210201081850j:plain

f:id:dr100:20210201081853j:plain

f:id:dr100:20210201081858j:plain

f:id:dr100:20210201081901j:plain

由緒:慶長2年(1597)慈眼院日利上人によって開創された。江戸時代は「赤門寺」と呼ばれ、また一本松の大黒様の通称で知られる。当寺に奉安している大黒天は伝教大師の作と伝えられる「三神具足大黒天」である。大黒天の手に小槌を持ち、頭に弁財天の髪を戴き、背に毘沙門天の鎧を着けていることからこの名がある。この尊像はもともと麻布六本木の伊勢屋長左衛門所蔵の秘仏であった。ある夜、この大黒天が長左衛門の夢枕に現れ、「我れ汝の家にあること久し、今法華経読誦の功徳により法華経守護の為め大衆に福寿を授けんことを誓い法華経読誦の地に往かん」と告げた。翌朝、長左衛門が大黒様を拝そうとすると、不思議なことに尊像がなくなっていた。そこで、近隣に法華経読誦の地を探し、一本松の日舜上人の法華経三万部読誦を知った。長左衛門が日舜上人の許を訪れると、件の大黒様の尊像があったので、上人に夢のお告げの話をし、尊像を奉納した。大法寺五世の日亮上人は、大黒天の功徳を大衆に授けることを誓い、日舜上人から尊像を拝受し、永代奉安することとなった。以来、広く信仰を集め、甲子の日には縁日で賑わったという。(「古今御朱印研究室」より引用)

住所:東京都港区元麻布1-1-10 

御朱印拝受時間:8:49

御朱印料:300(書置)

寺-40-東叡山寛永寺不忍池辯天堂 2021/1/10

f:id:dr100:20210201081701j:plain

f:id:dr100:20210201081706j:plain

f:id:dr100:20210201081708j:plain

f:id:dr100:20210201081711j:plain

f:id:dr100:20210201081717j:plain

f:id:dr100:20210201081721j:plain

f:id:dr100:20210201081726j:plain

f:id:dr100:20210201081735j:plain

f:id:dr100:20210201081736j:plain

f:id:dr100:20210201081737j:plain

由緒:東京都台東区上野恩賜公園にある不忍池(いのばずのいけ)の中島にあるのが寛永寺不忍池辯天堂。寛永寺開山の天海僧正が、江戸時代初期の寛永年間(1624年〜1645年)に創建したもので、祀られる本尊は、八本の腕があり、煩悩を打ち壊す武器を手に持つ八臂辯才天(はっぴべんざいてん)。谷中七福神の弁財天になっています。(「東京とりっぷ」より引用)

住所:東京都台東区上野公園 2-1  

御朱印拝受時間:11:38

御朱印料: 500(書置)

寺-39-東叡山寛永寺護国院 2021/1/10

f:id:dr100:20210201081534j:plain

f:id:dr100:20210201081538j:plain

f:id:dr100:20210201081545j:plain

f:id:dr100:20210201081550j:plain

f:id:dr100:20210201081557j:plain

f:id:dr100:20210201081559j:plain

f:id:dr100:20210201081605j:plain

f:id:dr100:20210201081609j:plain

由緒:上野公園に隣接する、通称「大黒天」。谷中七福神の1つである大黒天が安置されています。(「omairi」より引用)

住所:東京都台東区上野公園10-18 

御朱印拝受時間:11:13

御朱印料:300(書置)

寺-38-大道山長安寺 2021/1/10

f:id:dr100:20210201081317j:plain

f:id:dr100:20210201081320j:plain

f:id:dr100:20210201081326j:plain

f:id:dr100:20210201081332j:plain

f:id:dr100:20210201081336j:plain

f:id:dr100:20210201081342j:plain

f:id:dr100:20210201081345j:plain

f:id:dr100:20210201081349j:plain

f:id:dr100:20210201081352j:plain

由緒:臨済宗妙心寺派寺院の長安寺は、大道山と号します。長安寺は、老山和尚禅師(享保9年1724年寂)が開基となり、長安軒として安藤右京亮屋敷内に創建、正徳2年(1712)大道山長安寺の寺号が認められ、当地に移転したといいます。上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場22番札所、谷中七福神の寿老人です。(「猫の足あと」より引用)

住所:東京都台東区谷中5-2-22  

御朱印拝受時間:10:53

御朱印料:500(書置)

寺-37-護国山天王寺 2021/1/10

f:id:dr100:20210201081202j:plain

f:id:dr100:20210201081206j:plain

f:id:dr100:20210201081211j:plain

f:id:dr100:20210201081216j:plain

f:id:dr100:20210201081221j:plain

f:id:dr100:20210201081226j:plain

f:id:dr100:20210201081231j:plain

f:id:dr100:20210201081238j:plain

由緒:谷中、谷中霊園(日暮里駅側)にある天台宗護国山天王寺谷中霊園の桜並木の突き当り。本堂は奈良の十輪院を模している。明治〜現在の本尊阿弥陀如来坐像は谷中七福神のひとつ。もとは日蓮宗感応寺と称していたが天台宗に改宗した。(「谷中 「護国山天王寺」」より引用)

住所:東京都台東区谷中7丁目14-8  

御朱印拝受時間:10:40

御朱印料:500(書置)