由緒:烏羽天皇の天仁元年(1108年)、醍醐寺義範・三宝院勝覚等に学んだ宥尊上人の草創で、本尊は不動明王。始めは馬込邑堂寺に建立されたが、後に、後柏原天皇の文亀二年(1502年)現在の地に移り、元禄年間徳川綱吉の時代、快慶法印によって諸堂が復興され壇林寺格となる。草創以来宮家との因縁深く、光格天皇の文化年聞(1804〜1817年)覚存和尚の代に至って宮家の御印信を賜わり、光明心院を兼帯し、三宝院の宮家の御院家跡職を勤め、特に緋衣の允可、並びに、赤網代輿を差し許された。現在内陣に合祀してある十一面観音は、もと上大崎六軒茶屋光雲寺の本尊で、神亀元年(724年)六月十七日、行基菩薩が信州戸隠山の山中で霊感によって一刀三礼して刻まれたと伝えられている。俗に鎌作観音と呼ばれ、現在、大田区指定文化財となっている。(「Omairi」より引用)
住所:東京都大田区南馬込5-2-10
御朱印拝受時刻:12:39
御朱印料: 300円