wikipedia「秩父宮雍仁親王」より引用
新宿区最南端は神宮球場のとなり、秩父宮ラグビー場のグランドの片隅にあります。昭和22年に「東京ラグビー場」として完成しました。 昭和28年、日本ラグビー協会総裁だった秩父宮雍仁親王が50歳で肺結核で薨去され、名称が「秩父宮ラグビー場」に改められました。昭和39年、東京五輪のサッカーの会場となった際、更衣室・シャワー室を2チーム分作ってはという意見がありましたが、「ラグビーの伝統」である「ノーサイド」後の儀式(出場選手が対戦チームの枠組みを超えてシャワーを浴びたり、着替えたり、談笑したりする行為)を重視したいという意向もあり、それらの計画は却下されました。ラグビー選手って、そういう伝統があるんですね。写真は大正10年に撮影された、大正天皇の4人の皇子です。左から、後の昭和天皇、後の三笠宮、後の高松宮、後の秩父宮様です。この写真で現在ご存命なのは三笠宮様(現在96歳)だけです。