dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。一の宮、百寺巡礼、続百名城も完訪。発祥の地、見学施設(博物館、記念館など)、寺社仏閣の御朱印もやっています。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

神社-187-佃住吉神社 2020/12/20 2020/12/20

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 由緒:神功皇后三韓征伐の際、住吉三神の御守護により無事達成され、その帰途、摂津国西成郡田蓑島(現 大阪市西淀川区佃)にて、住吉三神を遥拝なさいました。これが大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)の起こりです。その後、天正年間より大阪田蓑島の人々と徳川家康公とが深い関わりを持つようになり、家康公の漁業の傍ら田も作れとの命により、村名を田蓑から佃へと改め、また田蓑の名を残すため神社名を住吉神社から田蓑神社へと改めることとなりました。その後、家康公が関東下降の際、摂津国佃の漁夫33人と住吉の社の神職平岡権大夫好次が分神霊を奉載し江戸へ下り、寛永年間に幕府より鐵砲洲向かいの干潟を賜り築島しました。そして故郷の名をとり佃島とし、この地に社地を定め、正保3年(1646)6月29日 住吉三神神功皇后徳川家康の御神霊を奉遷祭祀しました。これが佃住吉神社の起源です。佃島は江戸湊の入口に位置し、海運業、各問屋組合をはじめ多くの人々から海上安全、渡航安全の守護神として信仰を集めました。その後、月島、勝どき、豊海、晴海と埋め立てが行なわれ、その地域の産土神(氏神)として信仰されています。(住吉神社オフィシャルサイトより引用)

住所:東京都中央区佃1丁目1-14

御朱印授与時刻:8:04

初穂料:300円

神社-186-鎧神社 2020/12/6

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由緒:当社の社名は、日本武命御東征の時、甲冑六具の内を此地に蔵めたことによると伝えている。又一説には、藤原秀郷卿重病を得た時、将門公の鎧を円照寺内に埋め、一祠を建てて将門公の霊を弔い、病が癒えたという。(東京都神社庁HPより引用)

住所:東京都新宿区北新宿3-16-18

御朱印拝受時間:12:07

初穂料:500円

神社-185-天沼八幡神社 2020/12/6

 


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由緒:「新編武蔵野風土記」によれば、創建が天正年間と記されており、合殿の弁天様は安産の神様として崇敬されてます。境内末社大鳥神社もあり、毎年十一月には商売繁盛として「酉の市」がたち開運熊手守・福桝等を授与しています。(東京都神社庁HPより引用)

住所:東京都杉並区天沼2-18-5

御朱印拝受時間:9:05

初穂料:300円

神社-184-千葉天神 2020/12/2

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由緒:平安末期・寿永元年(1182年)9月25日、千葉神社境内に勧請された学問の神様・菅原道真公を御祭神とする御社です。千葉県内最大の天神様であり、御本社・千葉神社の御祭神・妙見尊の御神力も同時にいただけるとされることから、 その神紋・月星に由来しての“ツキ(月)を呼び、勝(星)を拾う”という縁起の良さが広く知れ渡るところとなり、 年々参拝者・祈祷者が増加しています。平成2年の『平成の大造営』において新社殿を造営する際、昭和29年再建の旧本殿は西側に移築して天神様の祈祷殿とし、 増加する受験合格祈願の方々のための御祈願を専一に執り行うこととなりました。(「八百万の神の印」より引用)

住所:千葉市中央区院内一丁目16番1号

御朱印拝受時間:

初穂料:300円 千葉神社社務所にて

神社-183-千葉神社 2020/12/2

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由緒:千葉神社(ちばじんじゃ)は、千葉県千葉市中央区にある神社。旧社格は県社。神紋は三光紋(月星)、社紋は九曜紋。別称は北辰妙見尊星王の本宮を意味する「妙見本宮(みょうけんほんぐう)」。千葉市中心市街地より東側に鎮座する。東西南北・四方八方・全ての方位方角へと御力を及ぼされる千葉氏の守護神である北辰妙見尊星王天之御中主大神)を祀る北斗山金剛授寺として1000年(長保2年)に中興開山し、1869年(明治2年)に千葉神社へと改称して以来、全国でも有数の北極星・北斗七星信仰、さらに仏教の妙見信仰とを習合する神社である。御社殿は、上下に二つの拝殿を有する日本初の重層社殿である。(ウィキペディアより引用)

住所: 千葉県千葉市中央区院内1-16-1

御朱印拝受時間:14:11

初穂料:300円  御朱印帳1500円

神社-182-当代島稲荷神社 2020/11/29

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由緒:御祭神に豊受大神を祀る稲荷神社は浦安市当代島三―十一―一に鎮座しており、その創建は他の二社同様に定かではないが、元禄二年(一六八九年)に(武蔵國小岩村、現在の東京都江戸川区小岩町)の善養寺から移し祀ったものといわれている。神社の記録によると少なくとも大正時代には相殿の神さまとして応神天皇春日大神をお祀りする神社であったこともわかる。それ以前には当代島で元村長の高梨氏所有の屋敷神の稲荷さまを氏神としていた。稲荷神社は明治五年の神社法によって正式な当代島の鎮守とされ、無格社に規定された。また、社殿が損傷した為、明治四年(一八七一年)四月に改築がされ、明治四十一年(一九〇八年)日本殿と拝殿が再建されたが、昭和十九年十一月二十七日米軍機の爆撃によって破損したため、昭和三十四年一月に再建がなされた。しかし、以来周辺の環境が著しく変わり、地盤沈下によって拝殿の腐食や境内の樹木の根腐り等の理由により昭和五十八年に大規模な地盛り等の境内整備が行われることとなり、社殿の立替もされたのが昭和五十九年のことであった。また、一説には稲荷神社の祀祭神は稲蒼魂命だといわれ、元の御名を宇加之御魂神という。この神は字を倉稲、すなわち一切の食物を司るとされ、豊宇気毘売神と同一神だといわれている。さらには豊受大神と称されて外宮の豊受大神宮にも祀られ、五穀最成・飲成五社大明神の筆頭の神で、大己貴命・大田命・大宮姫命・保食命の五柱を総じて五穀の神として穀物豊穣の神として信仰された。そのほか、稲荷神社は古くから疱瘡に霊験があるというので、嘉永年間には境内の小石を持ち帰るものも多く、市もできたほどであったと伝えられている。(公式HPより引用)

住所:千葉県浦安市当代島3-11-1

御朱印拝受時間:14:54

初穂料:300円