dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。いまは、一の宮、百寺巡礼、続百名城を訪問中です。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

坂東三十三ヶ所-18-佐白山正福寺 2019/4/14

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正福寺(しょうふくじ)は、茨城県笠間市笠間の佐白山上にある普門宗(真言宗系単立)の寺院[1]。山号は佐白山(さしろさん)。本尊は千手千眼十一面観世音菩薩で、坂東三十三箇所の23番札所である。 この寺は、縁起などによると651年(白雉2年)猟師の粒浦氏によって創建されたと伝えられ、当初山号は三白山と号した。 1214年(建保2年)笠間氏の焼き討ちにあい焼失したが、その後笠間氏の帰依を得て笠間城内に再建され現在の山号に改められた。その後笠間氏の衰退とともに寺運も衰えた。 1590年(天正18年)宥明によって再興され勝福寺と改められたが、江戸時代に入り1686年(貞享3年)に正福寺となった。 明治初年の神仏分離に伴う廃仏毀釈により焼失して衰微し、本尊をはじめとする仏像などは散逸してしまったが、1930年(昭和5年)現在地に仮の本堂が建てられた。その後、寺号を観世音寺と称した時期もあったが、2012年(平成24年)に正福寺に改称された。(ウイキペディアより引用)

栃木県の獨鈷山西明寺から自家用車で茨城県の佐白山正福寺へ。ここは約1年前、2018/4/8に来た続百名城の笠間城のすぐ近くです。参道の土の階段から「ド根性たけのこ」が生えていました。858、300円のお納めで御朱印をいただきました。