dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。いまは、一の宮、百寺巡礼、続百名城を訪問中です。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

続百名城-29-角牟礼城  2018/7/8

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臼杵城1012→レンタカー89km→1224豊後森藩資料1245→レンタカー3km→1252角牟礼城

角牟礼城(つのむれじょう)は、大分県玖珠郡玖珠町の角埋山(つのむれやま)にあった山城。弘安年間(1278年 - 1288年)に森朝通により築かれたとされる。国の史跡。 玖珠盆地は平安時代から玖珠郡衆によって支配されていたが、角牟礼城は、弘安年間(1278年 - 1288年)に玖珠郡衆の森朝通により豊後国から豊前国に抜ける交通の要衝に位置し、天然の要害である角埋山(576メートル)に築かれたと伝えられる。ただし、史料においてその存在が確認できるのは、文明7年(1475年)が最初である。(ウイキペディアより引用) 

角牟礼城のスタンプのある豊後森藩資料館へ。入場料100円のところ、スタンプの人は無料です。係員の話では、続百名城の参加者は2万人ぐらいおり、月間300人は豊後森藩資料館へスタンプの人が来るとのことです。3kmほど移動して角牟礼城へ。草生した低い土塁のような石垣が印象的でした。