dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。いまは、一の宮、百寺巡礼、続百名城を訪問中です。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

新百名城-99-田辺城   2016/4./29










西舞鶴駅→徒歩→田辺城
田辺城はガイドブックによると西舞鶴駅から7分、又は4分と書かれているもののありますが、実際は10分以上かかると思います。戦国時代東軍に着いたこの城の当主、細川忠興の親の藤孝は田辺城に入城、西軍に取り囲まれて5か月経過、銃弾も尽きて「古今伝授の書」が戦火で忘却されるのを恐れ、それを後陽成天皇に献上しました。藤孝の戦死を憂いた後陽成天皇の仲介で西軍は攻撃をするのをやめ、命を助けられました。田辺城を開城した藤孝は敵将前田茂勝の丹波亀山城に入りました。関ケ原の数日前です。東軍が勝ったので細川家は熊本に領地を与えられ、肥後細川家の礎となりました。藤孝の息子の忠興の妻、細川ガラシャは大阪で東軍に囲まれて、自害しています。激しい時代の運命の「あや」を感じます。さあ、あと新百名城もあと一城、福井城を残すのみとなりました。