dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。いまは、一の宮、百寺巡礼、続百名城を訪問中です。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

新歴史公園-65-高松城址公園  2015/1/3

wikipedia備中高松城の戦い」より引用








備中高松8:09→タクシー→高松城址公園→同じタクシー(2320円)→8:32備中高松
羽柴秀吉の「高松城の水攻め」で有名な備中高松城のあった新歴史公園100選、高松城址公園は備中高松駅から徒歩で行ける距離ではないのでタクシーを使います。天正10年(1582年)に織田信長の命を受けた家臣の羽柴秀吉が毛利氏配下の清水宗治の守備する備中国高松城を攻略した戦いで、秀吉は高松城を水攻めによって包囲したことから、高松城の水攻めと呼ばれています。高松城は普通の城とは違い、城の形式は梯郭式平城で、石垣は築かれず土塁によって築城されていました。城の周囲は低湿地帯でこれらが天然の堀を形成していました。秀吉は人夫に過分な金子を与え突貫工事で11日後に堤防が完成。折しも梅雨時で堰堤内には水が溢れ城は見事に水没しました。水攻めの中に主君である織田信長明智光秀に討たれる本能寺の変が起き、その報を聞いた秀吉はただちに毛利方と和睦を結んで、城主清水宗治切腹を見届けた後、明智光秀を討つために軍を姫路へ引き返しました。公園に立つと、何百年前もそうであったように湿地帯が目の前に広がっていました。駅への帰りは、正月の道路規制の一方通行でタクシーは回り道をしました。