dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。いまは、一の宮、百寺巡礼、続百名城を訪問中です。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

リベンジ-さくら-小田原城址公園  2013/10/26 


 前回訪問時 2009/1/25
東京13:12→東海道本線831M→14:40小田原→徒歩→小田原城址公園
静岡へ一泊二日(帰りは、ドリーム静岡号)のミニトリップです。トップバッターはさくら100選の小田原城址公園。公園内の小田原城を訪問したことで訪問済みの処理をしていたのですが、看板に「公園」の文字が入っていないのでリベンジとしました。駅から熱海方面の10分ほど歩くと到着です。小田原城は北条氏の難攻不落の城と言われ、1561年上杉謙信、1568年武田信玄の城攻めに耐えましたが、1590年、豊臣秀吉の数十万人の兵による小田原征伐で3ヶ月の籠城の末、無血で開城になりました。この篭城戦において、北条側が和議と抗戦継続をめぐって議論したが一向に結論が出なかった故事が小田原評定という言葉になっています。
小田原評定=小田原合戦時、戦術をめぐる評議における論争で、老臣松田憲秀は籠城を主張したのに対し、北条氏康の四男である北条氏邦は箱根に出撃する野戦を主張して意見が分かれ、また降伏に際しても仲介ルートの選択で結論が出るまで意見が分裂したと言われている通説。この故事から、現在では小田原評定という言葉は「いつになっても結論の出ない会議や相談」という意味の比喩表現として使われる。