dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。一の宮、百寺巡礼、続百名城も完訪。発祥の地、見学施設(博物館、記念館など)、寺社仏閣の御朱印もやっています。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

帰京 2020/3/22

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JR富山駅(南口)930→ 西武バス<氷見104便>→1641(定1600) JR池袋駅(東口)

あとは帰るだけです。富山駅改札脇売店で、ますのすし小箱900円。コンコースの中二階は食事を広げる「穴場」です。帰京は新幹線を考えましたが、安いので高速バスにしました。
西武バス<氷見104便>でアサインされた座席は10A。最後列進行方向左側で、三列トイレ、コンセント、USBポート、Wi-Fi ありでした。富山駅発6名、最終乗車地の黒部発車時11名の乗車でした。ひとつ前の9A席に移動しフルリクライニングしましたが角度は浅く、寧ろ最後列が深い印象でした。越中PAで1031-1045の降車休憩。1053親不知海岸通過、1119名立海岸通過、1129上越JCT通過。松代PA1226-1240PAの降車休憩。1403藤岡JCT通過。上里SA1406-1420の降車休憩。その後、渋滞に巻き込まれ、池袋駅終着は 41分遅れでした。

旅行期間:2020/3/21-22 旅行地:福島、富山 交通費:25650円 合計25650円 




























 

富山地方鉄道富山港線 富山駅北~富山駅初乗り 2020/3/22

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富山駅→徒歩→インテック本社前653→富山地方鉄道→709広貫堂前

富山駅で早朝から空いている「立山そば」で、昆布そば430円の朝食。「立山」と文字の入った小さなかまぼこが付いています。

いよいよ今回富山に来た目的、昨日2020/3/21に新規開業した富山地方鉄道富山港線 富山駅北~富山駅初乗り(0.1km)に着手します。今回の開通で、富山駅を境に南北に分かれていた路面電車が手をつなぎました。新線開業区間の一方の端、富山北は2020/3/20で廃止になり、新線区間に乗車するためにはさらに北にあるインテック本社前からの乗車となります。歩いて向かう途中、廃駅になって間もない富山北の駅跡を通りました。インテック本社前から南富山行きに乗車、富山駅に到着した時点で日本の鉄道前線乗車のタイトルの防衛となりました。そのままま乗り続けて、富山駅南口のデルタ線を通って、広貫堂前まで乗車しました。

仙台から夜行バスで富山へ  2020/3/21

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仙台駅東口2230→百万石ドリーム正宗号→619(定635)富山駅前(南口) 

仙台から富山へ夜行バスで向かいます。富山に行くのは、本日開通した 富山地方鉄道富山駅富山駅北0.1kmを初乗したものです。そのまえに、腹ごしらえ。仙台といえば牛タンです。 SEN RIKYUというお店で、牛たん定食1620円+税。仙台駅にも常磐線全線運転再開の垂れ幕が掲示されていました。 

東京から旅先ではなく、旅先から旅先へ向かう夜行バスの旅情はひとしおです。百万石ドリーム正宗号はJRのバスで、3列トイレあり、コンセントあり、Wi-Fiありでした。アサインされた座席は3C席トイレ前でした。後ろに遠慮せずにリクライニングできるのが取りえの席ですが、リクライニング角度は浅い印象でした。 乗車は29座席に対して18名でした。菅生PAで2258-2320、翌日の名立谷浜SAで412-442 の降車休憩を取り、富山駅前(南口)到着は定時の635より16分早い 619でした。


常磐線全線運転再開と放射線量計測 2020/3/21 (2020/3/23up記事再掲)

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2011/3/11におきた東日本大震災および福島第一原発事故により9年間不通となっていた常磐線の最期の不通区間、富岡~浪江が2020/3/14、開通しました。この区間津波の影響というよりも、近接する原発放射線量の影響で開通が遅れたものです。今回、駅としても9年ぶりに復活した夜ノ森、大野、双葉の三駅を訪問し、放射線量を計測しようと考えました。測定装置は9年前に購入したものです。私は環境調査のプロフェッショナルではなく、所持している測定装置も簡易的なものなので、測定値は参考程度にしていただきたいと思います。

震災前の国の放射線量の基準は1mSV/年以下、つまり約0.11μSv/1時間以下でした。しかし、震災後に基準が引き上げられ0.23μSv/1時間以下、つまり1mSV/年以下2.01mSV/年以下になっています。今回の再開通は除染作業により常磐線の線路と駅付近の放射線量が国の基準の0.23μSv/1時間になったことを受けたものです。文を読み進むに際して、0.23μSv/1時間が国の基準の上限であることに留意してください。なお、本文中の単位は測定装置の表示に合わせてすべてμSv/1時間で統一し、単位は省略しています。

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↑出発前、我孫子駅前で計測すると、0.10でした。

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↑トップバッターは12時27分発常磐線水戸行きです。乗車券の経由欄が常磐線全通を物語っています。

我孫子12:17→367M→13:58水戸

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龍ケ崎市駅は、2020/3/14まで佐貫駅という駅名でした。

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赤塚駅手前でスマホスピードメーターで時速131キロを計測しました。首都圏のJR在来線最速です。

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水戸駅で乗り換え。ホーム上の計測で、0.07でした。

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上野駅から水戸駅までノンストップでやってきた、ひたち13号に乗車。

水戸14:07→ひたち13号→15:47富岡

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↑車内のテロップで「仙台」の文字を見ると、感慨もひとしおです。

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↑一週間前までの「常磐南線」の終着駅、富岡に到着。

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↑富岡駅の改札口にある計測値の表示は0.066でした。私の計測装置の表示は0.07でしたので、ある程度の相関性は担保しているものと考えました。

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↑富岡駅の様子です。売店が通常通り営業していました。後から考えると、鉄道での訪問者にとって、ここが買い物ができる「北限」でした。

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↑富岡駅の待合室には「2020.3.24 常磐線全線運転再開」のポスターが誇らしげに掲示してありました。

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↑隣の駅まで常磐線普通列車に乗ります。

富岡15:59→679M→16:05夜ノ森

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↑子供は、ほとんどいない印象でした。

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↑一駅だけ移動し、夜ノ森駅へ到着。築百年の駅舎を取り壊して、橋上駅へ生まれ変わりました。

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夜ノ森駅の改札口付近は0.21でした。0.23の基準上限ギリギリです。

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夜ノ森駅西口。人っ子一人いません。原発の反対側です。

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夜ノ森駅東口。他府県ナンバーの自動車が何台かとまっていました。

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↑東口ロータリーから住居のある路地に入ろうとしても、ことごとく「帰還困難区域につき通行止め」のバリケードに行く手を阻まれます。

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↑「ゲームセンター理想郷」の看板が、虚しく色褪せています。

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↑東口から50メートル東進した付近で基準値を超える0.31でした。

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↑9年間閉まったままのコンビニの入り口は破壊されていました。

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自動販売機でジュース一本買えません。立ち入ることのできる場所、つまり除染済みで0.23以下の場所が駅と道路だけなので、人々の生活の営みようがないのです。まさに、ゴーストタウンです。

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↑一駅移動して大野駅へ。この駅が直線距離で福島第一原発に最も近い駅です。

夜ノ森17:39→683M→17:44大野

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 ↑原発に近いだけあって、改札口の線量計の値も高めです。

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大野駅西口。原発の反対側です。誰もいません。

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大野駅東口。

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↑東口駅前ロータリーに面して、児童公園がありました。誰も遊ばなくなってから、9年の歳月がたちました。

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↑駅前ロータリーから東へ進む道が帰還困難地域のため、閉鎖されています。

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大野駅東口ロータリーの線量が0.49と、今回最大でした。基準値上限0.23の、2倍以上です。

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大野駅ホームの横断幕。

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大野駅から双葉駅へ移動です。

大野18:38→685M→18:44双葉

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↑真新しいピカピカの駅名表です。

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原発から遠ざかったので、改札口の線量計表示は低めです。

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↑双葉駅西口。誰もいません。

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↑双葉駅前の線量は0.14と、落ち着いてきました。

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↑特急で仙台へ向かいます。

双葉19:02→ひたち19号→20:28仙台

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Sendaiと書かれた行き先表示を見ると、感慨深いものがあります。

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↑ひたち19号の車内はガラガラでした。

 

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↑定刻に終点仙台に到着。品川から4時間43分のロングランでした。

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↑ついに、常磐線を北上して仙台にやってきました。

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↑仙台駅前で線量計測すると我孫子と同じ0.1でした。

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↑今晩は、仙台から富山行きの夜行バス、百万石正宗号に乗車します。少し時間があるので、牛タンを食べることにします。

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↑これは2011年6月26日、福島駅で測定した線量です。0.53μSv/hrです!

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↑これは、2011年6月26日、東北本線本宮駅(郡山の少し北)で測定した線量です。1.32μSv/hr!

おわりに。東日本大震災と福島第一発電所原発事故から約3か月の福島県は、原発から直線距離で約64キロの福島駅や、約56キロの本宮駅でも非常に高い線量だったのだと、あらためて気づきました。原発から大野駅夜ノ森駅までの直線距離は約5キロですから、時間の経過もあるのでしょうが、頑張って大野駅夜ノ森駅付近を除染したのだということがわかりました。それにしても今から9年前、福島県では非常に線量の高い中(現在の基準線量の上限の福島駅で2.3倍、本宮駅で5.7倍)、何十万人もの人々が生活を営んでいたのです。

 

発祥の地-90-騎兵第十四連隊発祥之地 2020/3/20

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 住所:千葉県習志野市泉町1丁目2-1
アクセス:京成本線 京成大久保駅から 北に800m、日本大学生産工学部の正門を入って左手の図書館裏手。